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真珠湾攻撃


猛訓練


真珠湾攻撃に備えて、休みなしの猛訓練が続いた。
特に雷撃機に関しては熾烈を極めた。なぜなら、落下後通常60メートル
もぐる魚雷を水深12メートルの真珠湾で使用せねばならなかったからだ。
魚雷の改造はもとより、機体を高度10メートル以下に落下させて
魚雷の照準発射を行わなければならない。


そらびっくりしたよ。初めて見る飛行機が自分の頭すれすれをかすめ飛んでいく。
それも一機だけではなく、何機もだ。その風圧で漁船が転覆してたっけ。
その訓練は何日も続いた。これはえらい訓練をしとる。きっと近いうちに
何か始まるんじゃないかと思いましたよ。


あの訓練のときは朝8時に飛び立ち、昼食のために帰ってから、再び飛び立ち
4時に戻ってから今度は午後8時から夜間訓練でまた空へ。宿舎に帰り着くのは
12時だった。こうして厳しい訓練を終え、最後の演習も終え、ハワイに向けての
遠洋航海となったけど、真珠湾攻撃を知らされたのは出港直前の空母の中だった。


真珠湾攻撃

炎上する戦艦カリフォルニア

日米交渉決裂、11月26日単冠湾を出た機動部隊は一路ハワイへ
昭和16年12月2日、攻撃決定「新高山上レ」の暗号電を受け取る。
8日、6隻の空母から飛び立った183機は米軍に見つかることもなく
まず飛行場を爆撃,つづいて雷撃隊が艦船に対して魚雷を放った。
第2波171機もこれに参加。かくして奇襲作戦は成功。
帰らぬ攻撃機は29機であった。


艦爆隊員の証言


瑞鶴から発艦する99式艦上爆撃機

真珠湾に近づくとすでに第一波攻撃によって湾内や飛行場からはもうもうたる黒煙が上がっていた。湾上空は黒い雲に覆われていたが、近づくとそれは高角砲弾の弾幕だとわかった。やがて突撃命令が出て私は攻撃目標を探した。無傷らしき戦艦を見つけ、高度4000から急降下に移る。下からは無数の真っ赤なすじがこちらに向かって飛んでくる。機の左右を音を立ててかすめて行く。高度450で爆弾投下、力いっぱい操縦貫を引く。かかる重力で目の前が真っ暗にななった。すぐに後ろの射手から「やった!命中したっ」という声が聞こえた。



雷撃隊員の証言


赤城から発艦しようとする97式艦上攻撃機

真珠湾攻撃を知らされたとき最初は興奮したものの、冷静になって考えるとわれわれ雷撃隊はほとんど無事に帰還できないのでないかと思った。
その日は第一次攻撃隊として参加、ハワイ上空に進入した。攻撃目標は空母、戦艦である。隊長に続いて敵艦に迫る。高度5メートル。しかしよく見るとそれは巡洋艦ではないか!やり直すべく、私は機を上昇させた。隊長らはその敵艦に魚雷を命中させている。 ゆっくり旋回して今度はカリフォルニア型らしき戦艦にねらいをつける。魚雷発射。「当たった ばんざい」うしろで叫び声がする。見ると水柱が天高くあがっていた。帰途突如として弾幕が私たちを包んだ。カンカンという連続音。うしろで「アチィー」という叫び声がした。何と下から上につきぬけた弾丸は彼の背中と飛行服の内側を突き抜けたのだった。まさに間一髪だった。




珊瑚海海戦


ポートモレスビー攻略作戦のために南下してきた日本機動部隊に対して、米軍はヨークタウン、レキシントンの2空母をもって迎撃作戦を展開。昭和17年5月7日、互いに敵空母を発見し攻撃に向かうも日本軍は敵機動部隊を発見できなかった。米軍もまた日本機動部隊を発見できず、攻略部隊の小型空母「祥鳳」を撃沈するにとどまった。翌日、同時刻くらいに飛び立った日米の攻撃機による史上初の空母決戦が行われた。空母「瑞鶴」「翔鶴」のうち「翔鶴」が3発被弾、中破。米軍は「レキシントン」撃沈、「ヨークタウン」中破であった。


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