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南太平洋海戦


昭和17年10月26日ガダルカナル攻防をめぐって機動部隊同士の決戦が行われた。「翔鶴」「瑞鶴」「瑞鳳」「隼鷹」の四空母対、「エンタープライズ」「ホーネット」の二空母である。米軍は日本機動部隊を発見するも、攻撃隊はこれを見つけられず、逆に日本側はのべ六回に上る攻撃を行い、多くの犠牲を出しながらもホーネットを撃沈した。



ソロモン海戦


ガダルカナル攻防をめぐり、ソロモン付近で数回にわたる艦船どうしの戦闘があった。 第一次ソロモン海戦では巡洋艦四隻撃沈その他三隻に損害を与えた。また戦艦金剛、榛名によるガ島の敵飛行場への砲撃も行われた。第三次ソロモン海戦では、未曾有の大乱戦となった。


巡洋艦乗員の証言(第一次ソロモン海戦)


闇の中で三隻の敵艦が浮いていた。私の艦は旋回直後に四本の魚雷を発射した。しばらくすると巨大な水柱がわき起こり、それが静まったとき、すでに敵艦の姿はなかった。あたりで一斉に火蓋が切って落とされ、主砲、高角砲、機銃すべてから光の筋が飛んでいった。すさまじい音で気が違いそうだった。さまざまな光が辺り一面に交錯していた。この世のものとは思えぬ光景だった。


駆逐艦乗務員の証言


敵艦に向けて探照灯が照らされた。かくして、見方主力の砲撃が始まった。我が駆逐艦は敵中央に突入。回りに敵をみながら、撃って撃って撃ちまくる。やがて敵艦隊から離脱し、本体に合流しようと回頭したとき、探照灯に照らされ、砲撃を受けた。二方向から攻撃されたが、どうやら一つは味方らしい。至近弾を食らった私は意識を失った。



レイテ沖海戦


昭和19年10月、日本海軍は四つの部隊からなるレイテ島攻撃作戦、捷号作戦を発動。
航空部隊の小沢艦隊がおとりとなって、敵主力を北方へ誘致し、その間に戦艦大和を旗艦(注)とする栗田艦隊、志摩艦隊、西村艦隊がレイテ島に突撃するという大作戦である。
おとり艦隊は見事に敵を北方へ誘致したが、西村艦隊は駆逐艦一隻を残し全滅。志摩艦隊もまた、壊滅状態に陥り、作戦不能となった。栗田艦隊の方は敵の6波にわたる猛攻で、戦艦武蔵が魚雷20本、爆弾14発を受けて沈没。その他、巡洋艦、駆逐艦にも相当の被害がでており、部隊の再編をはかったとき、総勢40隻以上いた艦艇も15隻しか残っていなかった。それでもレイテ湾に向かって進撃は続いた。
「小沢艦隊、敵機動部隊を北方へ誘致す」電文がとばされた。しかし、栗田長官には届かなかった。全く情報のないまま、敵の攻撃を受け続けた栗田艦隊は、なんとかレイテ湾目前まで迫ったが、なぜか突入を断念し、反転したのである。付近に米機動部隊がいると判断したためというが真相は今もって謎である。この作戦で事実上、日本海軍の水上部隊は消滅した。
(注)旗艦は愛宕だったが出撃翌日に米潜により撃沈、よって大和に旗艦変更




小沢艦隊空母乗員の証言

証言者の乗艦していた空母。この数時間後、撃沈される

強力な三式弾でいくら落としても、敵の爆撃機は次から次へとやってきた。爆弾が降り注ぎ、艦腹に魚雷が命中した。敵攻撃機が激突し、バラバラになった死体が飛んでくる。機銃は焼けて真っ赤になってくるのを冷やしながら撃ちまくっている。横を膝から下を切断された将兵が機銃弾を運んでいる。異常な光景がふつうに感じられた。


西村艦隊戦艦乗務員の証言


「総員退去」艦長から命令が下った。炎上もせずに静かに沈んでゆく。艦橋の中はいすに座った司令官、艦長が静かにたたずんでいた。一番砲塔は最後まで火を噴いていた。後は、艦と一緒に沈んで行くだけだ・・・。そう思うと、ほっとした気持ちになった。しかし、私は海上漂流中に捕虜となった。この艦の乗員1400名のうち生き残ったものはわずかに10名であった。




戦艦大和の最期

大爆発する大和と3隻の駆逐艦

昭和20年4月6日、大和は軽巡一隻、駆逐艦八隻を伴い沖縄に向けて進撃を開始した。大和特攻、菊水作戦の発動である。翌7日、延べ数百機に上る攻撃機により、3時間あまり撃たれ続け、ついに没する。あとには5隻の傷ついた駆逐艦が残った。



上 大和 手前 駆逐艦冬月











大和乗務員の証言


大和の傾斜はもう四五度を超えていて、ほとんど横倒しの状態である。外に出ていよいよ海に入ろうという時、突然大和が沈みだした。私の体は意志に反して海中に引きずられていく。もうだめかと思ったとき、突然吸い込みがなくなった。水面めがけて泳ぐが、なかなかでられない。何度も水を飲んでやっとの事で海面から顔を出した。私が沈んでいるときに大きな爆発があったらしいが、ぜんぜんわからなかった。救助をしている「冬月」は1キロもさきにいた。



駆逐艦乗務員の証言


二個の爆弾が降ってきた。一個はそれたがもう一個が前甲板に命中した。付近にいたものは跡形もなくなっていた。操縦がきかなくなった。ふと見ると大和がぐんぐん迫ってくる。どうやら向こうも操縦不能らしい。ぎりぎりのところを通り過ぎ、ほっと大和を見るとそこらじゅうがめちゃくちゃに破壊されていた。機銃員がぼんやりと立っている。それから何十分たったか。大和を見るとゆっくりと転覆していた。やがて完全に逆さまになり、船底には何百人もの人間がはい上がってきた。そのままゆっくり沈むものと思っていたが、突然ドドーンという爆音とともに大爆発を起こし、船底にいた者は150から200メートルは吹き飛ばされていた。我々は生存者の救助に向かった。


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